ひし もち。 拾遺和歌集/巻第一

天徳内裏歌合

もち ひし もち ひし

🙄 卑官だったは、出世を懸けて詠んだ歌が接戦の末に負けたことを悲観してその後食べ物を受け付けなくなり、そのまま死んだという逸話もあるが、その後の晩年の歌も残っている。 3月初めに示された題は霞、鶯 、柳、桜 、款冬(山吹)、藤、暮春、首夏、郭公(ほととぎす)、卯花、夏草、恋の12。 実頼は窮したが、その時帝が「しのぶれど」と兼盛の歌を口ずさんでいるのを高明が聞きつけ、実頼に伝えた。

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歌合のあと管弦の遊びが催され、退出は翌朝のことであった。

天徳内裏歌合

もち ひし もち ひし

♨ 卯花 左: みちとほみ人もかよはぬ奥山にさけるうのはなたれとをらまし 右:平兼盛(勝) あらしのみさむきみやまのうのはなはきえせぬ雪とあやまたれつゝ 13. 恋 左:藤原朝忠卿(勝) あふことのたえてしなくばなかなかに人をもみをもうらみざらまし 右:藤原元真 きみこふとかつはきえつつふるものをかくてもいけるみとやみるらむ 20. 桜 左:(勝) あしひきのやまがくれなるさくらばなちりのこれりと風にしらすな 右: としごとにきつゝわがみるさくらばなかすみもいまはたちなかくしそ 8. 款冬() 左:源順(勝) 春がすみ井手のかはなみたちかへりみてこそゆかめやまぶきの花 右:平兼盛 ひとへづゝやへ山ぶきはひらけなむほどへてにほふはなとたのまむ 9. 渡部泰明『和歌とは何か』(岩波新書、2009年)、pp.。 鶯、郭公が各2、桜が3、恋が5の計20番で戦われた。

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左:藤原朝忠卿(勝) あだなりとつねはしりにきさくらばなをしむほどだにのどけからなむ 右: よとともにちらずもあらなむさくら花あかぬ心はいつかたゆべき 6. 実頼は補佐の高明に決めてもらおうとしたが高明は平伏して何も言わない。

拾遺和歌集/巻第一

もち ひし もち ひし

👊 恋 左:壬生忠見 こひすてふわがなはまだきたちにけりひとしれずこそおもひそめしか 右:平兼盛(勝) しのぶれどいろに出でにけりわがこひはものやおもふとひとのとふまで 逸話 [ ] 博雅の読み違え [ ] 三番の鶯の歌のとき、右方の講師であるは誤って四番の柳の歌を読み上げてしまった。 左:(勝) こほりだにとまらぬ春のたに風にまだうちとけぬうぐひすのこゑ 右:平兼盛 わがやどにうぐひすいたくなくなるはにはもはだらに花やちるらむ 3. 左: あらたまのとしをつむらむあをやぎのいとはいづれの春かたゆべき 右:平兼盛(勝) さほひめのいとそめかくるあをやぎをふきなみだりそ春の山風 5. 20番の内容 [ ] 1. 歌合は夜を徹して行われ、左方の10勝5敗5引き分けで終わった。

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首夏 左:大中臣能宣(持) なくこゑはまだきかねどもせみのはのうすきころもをたちぞきてける 右:中務(持) 夏ごろもたちいづるけふは花ざくらかたみのいろもぬぎやかふらむ 12. 概要 [ ] 歌題の提示から当日まで1ヶ月の期間をおき、進め方や左右双方の衣裳、歌を書いたを置く州浜(入り江などをかたどった飾り台)にいたるまで周到に準備されたもので、その典雅さなどで後世の歌合の手本となった。

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もち ひし もち ひし

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